■老朽化マンションの行く末をどうする
先日の新聞に「老朽マンション売却促す」「住民合意8割に緩和」「政府検討」という記事が出ていました。ご存知でしょうか? 古くなったマンションを一棟丸ごと売却したり、解体して更地を売却したりする場合に、これまで全員の同意が必要でしたが、8割の世帯が合意すればできるようにしよう・・・という話です。(ただし、現段階では「検討」ですから、まだ、そのような法例が制定された訳ではありません、ご注意を!)
行きがかり上、今年はマンション管理組合の理事長を仰せつかっていることもあって、私はこの記事に思わず反応してしまいました(我が管理組合で一棟丸ごと売却を検討している訳ではありませんので・・・念のため)。
法令検討の狙いは、耐震性に問題のある建物を早期に作り替えて防災強化し、さらには再開発事業や、不動産市場を活性化させようというところにあるようです。
■民法上の「共有」の原則とは
それにしても、複数の世帯がみんなで所有し暮らすマンション、誰しも、いきなり「壊すから引っ越せ」とか、「売却するからどいてくれ」などと言われても困りますよね。実際、もともと本来の民法上の大原則で考えるなら、以下説明するとおり、全員の同意を要することになるのです。
まず、マンションの専有部分は自己所有ですから、他人に勝手に処分される謂れはありません。
建物の共用部分と土地については、民法上の原則から言えば、各世帯の「共有」(民法249条)という概念で規定されます。
そうすると、共有物に関して「保存行為」は各共有者独自で、「管理行為」は共有持分の過半数の賛成で行うことが可能ですが(民法252条)、「変更」については全員の同意が必要となるのです(民法251条)。建替え、売却とか解体は、どうかんがえても「変更」ですね。
ただし、各共有者は「共有物を分割してほしいと」請求することができます。そこで、分割した上で(分割とは、目的物を持分割合に従って分け、単独所有にしてしまうことです)、自己の持分相当を処分をすることは可能(民法256条1項)ということになります。
■マンションは「共有」の考え方では成り立たない
しかし、マンションの場合には、民法の「共有」の原則ではいろいろと不都合です。たとえば敷地について、勝手に分割されて建物と関係なく売却などされてはたいへんなことになるでしょう。そこで登場したのが、民法上の原則を修正する「建物の区分所有等に関する法律」(通称「区分所有法」)です。
この法律によって、たとえば土地の問題については、敷地持分の分離処分を禁止(法22条1項)した「敷地利用権」という概念が創設されています。
■老朽化したマンションの建て替え
さらに・・区分所有法には、他にも民法の原則を修正する様々な規定が存在します。
代表的な例の一つが「建替え」。マンション老朽化に対処するべく「5分の4の賛成」で建て替え可能とするよう、原則の修正が加えられているのです。(法62条1項)
(なお、以前の区分所有法では「建物がその効用を維持し、または回復するのに過分の費用を要するに至ったとき」等、いくつか客観的な制限がありましたが、改正によって撤廃され、現在は5分の4の賛成のみで建替えが可能です)
「でも、最後まで建て替えは嫌という方に対してはどう対処するの?」その点が心配ですよね。
そういう方に対しては、部屋を「時価で売り渡すよう請求することができる」ことになっているのです(法63条4項)。
乱暴と言えば乱暴な話ですが、一人でも反対する人がいれば一切建替えもできないということになると、朽ち果てて利用価値のないマンションを放置するしかなくなる恐れがあります。やむを得ない措置と言えるでしょう。
■老朽化マンションをどうする
さて、このように「建替え」については、区分所有法に規定がありますが、丸ごとの売却や、解体しての更地の売却などについて、区分所有法には、現在はとくに何も定めがありません。そうすると、既に述べた民法上の原則がそのまま適用されることになり、全員の同意を要するというのが現状の取り扱いなのです。
しかし、それでは老朽化したマンションをどうするかについての選択肢として幅が狭すぎる、もう少し柔軟にいろんなことが検討できるようにしようということで、売却や解体についても、5分の4程度の賛成で可能にしてはどうかということが今回検討されているということです。
なお、現在でも5分の4の賛成があれば「建替え」は可能になるといっても、その場合には「マンション建替え円滑化法」という法律に従った建替えしかできません。たとえば等価交換方式でデベロッパーと契約したいと思ってもそうはいかないのです(その場合には現状では全戸の同意が必要)。
現状では、過去に建てられたマンションの老朽化も徐々に深刻になってきており、諸事情によって全戸合意は不可能な場合も多々ありますから、対策の選択肢を広げる意味で、検討を行うのは必要なことでしょう。
■とはいえ・・・
ただし、それによって少数者の声が踏みにじられては困ります。可能な限り全戸の合意を得る努力はそれにしても必要でしょう。
また、「建てては壊す」という街づくりは、それこそ日本の住まいの特徴なのかもしれませんが、個人的にはどうも好きになれません。できるだけ、改装しながらも長期にわたって使い続けられる価値の高い建物が増えてほしいと思います。建築費用の問題もあるのだとは思いますが、建物はそこに住む人だけでなく、街の魅力を左右する大きな要素でもありますからね。