相続放棄と相続分の放棄、違いを知らないと致命傷に

■両者を混同すると、とんでもないことに・・

「父親が、借金を返さないまま亡くなってしまったので相続放棄しました。にもかかわらず金融機関が返済を迫ってくるんですが、どうしたらよいですか」

「相続放棄申述受理証明書(「相続放棄します」という申述を受理しましたという証明書)を裁判所に発行してもらい、相手に相続放棄したと告げてください・・・」

そういう話になってから、「裁判所ってどういうこと? あれっ、やったのは相続放棄じゃなくて相続分の放棄でした」なんて話になることがあります。両者はまったく異なるもので、「相続放棄」をしない限り、「相続分の放棄」をしただけでは、借金などのマイナス財産は引き継いでしまうのです。

相続放棄の情報は、かなり世間に浸透しているはずですが、それでも、混同している方はけっこういらっしゃいます。私としては、最大の問題は、2つの手続の名称があまりに似すぎていることにある、と思います。なんだそんなこと?というかもしれませんが、名称というのはじつは非常に重要。間違った場合の深刻な影響を考えれば、まったく異なる別の名前を用意して浸透させるべきだと思うところです。

相続分の放棄しかしていないのに、相続放棄が完了していると勘違いしたまま一定期間を経過したりすると、以後相続放棄ができなくなって、借金抱えてにっちもさっちもいかなくなる、そんな可能性だってありえるので、十分注意が必要です。

■少なくとも裁判所で手続きをしていなければ相続放棄は未完了

財産はいらないと自己の相続分(プラスの財産)を放棄するのが「相続分の放棄」。裁判所に行かなくても、自分で書面を作って押印すればそれでかまいません。相続人間の遺産分割協議で同様のことを行うのも可能です。

これに対して、裁判所に必要書類とともに「相続放棄受理申述書」を提出し、申述受理の審判をしてもらうのが「相続放棄(民法938条)」。手続き上の最大の違いは、相続放棄は裁判所で行うということです。つまり、少なくとも、裁判所で手続きを行っていなければ、相続放棄は完了していません。これは覚えておいてください。

なお、「申述受理の審判」は、相続放棄の効果を確定させるものではなく、単に申述が適式になされたということ公に示すだけ、ということにも注意を要します

申述が受理されても、その後に放棄の有効性を争うことは可能ですので、相続放棄の有効性に疑問を感じているような場合には、受理されたからといって安心してはいけません。また、逆に相手が相続放棄申述受理証明を出してきたとしても、印籠のような効果があるわけでもりません。疑問がある場合は、それだけであきらめる必要もないわけです。

 

■相続放棄と相続分の放棄、効果にはこんな違いが

まず、債務(たとえば借金を返済しなければならない義務など)は、遺産分割の協議などを経ることなく、相続が起きたと同時に、法定相続分の割合(民法で定められた相続割合のことです)に従って各相続人に分割して承継されます。勝手に自分は承継しないとか、誰かがまとめて承継するなんて決めることはできません。お金を貸した側からしてみれば、「自分は責任を負わないことに決めました」などと、勝手に宣言されても困りますよね。

ですから相続放棄をすれば、借金などのマイナスの財産も承継しないですみますが、相続分の放棄では、放棄できるのはプラスの財産だけ。マイナスの財産については、法定相続分の割合で承継してしまいます。ちなみに、遺産分割協議の対象となるのも、プラスの財産だけです。

 

■意外に知らない相続分の計算の違い

相続放棄が行われると、その効果は「始めから相続人でなかった」ことになります。これに対して、相続分の放棄では、いったん財産を相続したことを前提に、自分の相続分はいらないとして放棄し、それを他の相続人間で法定相続分の割合で分配することになります。この違いが分かるでしょうか?

たとえば、相続財産を100、相続人を配偶者と子AB2人だと仮定すると、法定相続分の割合は配偶者が50%、と子ABは各25%ずつになります。

この状況で、子Aが「相続放棄」をした場合を考えてください。Aは最初から相続人でなかったことになりますから、相続人は配偶者と子Bの2人。そうすると、それぞれの相続分は50%ずつとなります。

子Aが「相続分の放棄」をするとどうなるでしょう。その場合には子Aの相続分を、残りの相続人の法定相続分の割合で分配しますから、配偶者は62.5%(50%+12.5%)、子Bは37.5%(25%+12.5%)となるのです。

もっとも、相続放棄をする場合にはすべての相続人が放棄するケースが多いし、相続人間で合意さえまとまるなら、法定の割合にこだわって分配を決めなくてもかまいません。とはいえ、自分の相続分が法定相続分ではいくらになるのかを知ってから行動を起こしたほうが、何かと有利であることは間違いないでしょう。