■オリンピックのたびにつきまとうこの話題
2020年のオリンピック開催地が東京に決定したのはご存知の通りですが、「オリンピック」が話題になるとき、いつもついて回るのが、「オリンピック開催に便乗したキャッチフレーズ、広告、商法などがどの程度許されるか」という話題。
もちろん、多額のお金を支払ってスポンサーになれば、契約で決められた範囲で許される訳ですが、ここでのお話は、そういった費用負担をせず、どこまで「便乗」で、それらしい表現が使えるかということです。
東京五輪の経済効果は招致委員会によれば3兆円程度、実際には、さらにその何十倍もあるはず・・という噂もあって、正直私にはよくわかりませんが、利にさといかたは、「オリンピック招致を一緒に祝おう」とか「成功させよう2020」・・・など、いろんなキャッチフレーズでビジネスを!と意気込んでいらっしゃるかもしれません。
このような便乗を「アンブッシュ(待ち伏せ)マーケティング」などと呼んで、何もかも不当な便乗のように言われたりすることもあります。他方で、そもそも、およそビジネスは時流に乗らなければ成功できず、そのためにすべてスポンサー料を支払っていたのでは、商売は成り立たたないという事情もあるでしょう。
この問題については、すでに某新聞の関連記事が掲載されてJOCの見解が示され、JOCのホームページでも見解(というよりも警告?)が示されています。そして、これらの見解に対しては、「どこに法的根拠があるのか? そこまで違法と決めつけるのは、やりすぎじゃないの?」との批判も噴出して、一部で話題が沸騰中です。
しかし、いろいろ考えれば、JOCがここでそういう見解を示すということについては、「なるほど、そういうことなのね」と、私としては理解できる気はします。
■法的根拠はあるのか
オリンピック委員会は、「オリンピック」「がんばろう!日本」など商標登録された言葉はもちろん、
「4年に一度の祭典がやってくる」「おめでとう東京」「やったぞ東京」とか
「日本選手、目指せ金メダル」「日本代表、応援します」など、
ただ単に、オリンピックをイメージさせるだけの言葉すらも、スポンサー以外は使用できない、との見解を発表しているようです。物議をかもしているのは、主にこの部分、「イメージまでだめなの?」というところだろうと思います。
では、そもそも、オリンピック関連の言葉やロゴなどが法的保護を受け、許諾された者以外は使えないとする根拠はどこにあるのでしょうか?
考えられるのは、①商標権侵害からの保護、②著作権など、その他の知的財産権としての保護、③不正競争防止法の保護ということになります。ちなみに、イメージを直接的に保護するという制度は今のところ見当たりません。
そうすると、現時点の問題としては、②はあまり関係なさそうですので、①と③がメインと考えてよさそうです。(とはいえ、今後、JOCやスポンサー会社などが広告コピーやイラスト等発表すれば、②も大きな問題にはなり得ますのでご注意を)
また、今後オリンピックに向けて、特別立法が行われる可能性も多分にあり、そこには十分な注意が必要です。
■商標権について
①商標権とは何かについては、ここで詳しく説明はしませんが、ようするに、IOC、JOCなどによって商標登録されている言葉や商標であれば、それと同一あるいは類似する言葉は、登録時に指定された分野と同じ分野のビジネス(商品や役務)では、許可なく使用することができないということになります。たとえば「オリンピック」「がんばろう!日本」は、複数の分野で登録済みのようで、基本的には使用できません。
類似性については、「外観、称呼、観念」の要素により判断されますが、さらに最高裁は「出所につき誤認混同を生じる恐れがあるか否か」で決するとしたうえで、「外観,観念,称呼等によつて取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察」「具体的な取引状況に基づいて判断」すべき、との立場を取っています。
この最高裁の規範をみても、「個別具体的に状況に応じて判断するんだろうな・・」ということは読み取れますが、実際にどんな状況で、どのような言葉であれば類似と判断されるのかまでは、はっきりしませんね。
「がんばろう!日本」がだめとすれば「がんばろう!東京」は、まずいだろうということぐらいは推察できますが、「4年一度の祭典がやってくる」とか「やったぞ、東京」あたりになってくると、説明は苦しくなってくるでしょう。
いずれにせよ知的財産権の問題は、このようにグレーな領域がけっこう広いのです。
■不正競争防止法について
不正競争防止法とは、事業者間の公正な競争を促進し、国民経済の健全な発展を目的とする法律ですが、この法律では「不正競争」として規制の対象とする「行為」をいくつか類型化しています。そのうち、オリンピックに関連してきそうなのは、①周知表示混同惹起行為(不正競争防止法2条1項1号)、②著名表示冒用表示(同2号)、③国際機関の標章の商業上の使用禁止(同法17条9です。いずれも、損害賠償、差止等の民事的救済や、刑事罰の根拠になります(ただし③は刑事的措置のみ)。
それぞれの行為について、簡単に説明しておきましょう。
①は著名あるいは周知の表示と同じ、あるいは類似した表示を使用して、出所に混同を生じさせること。
②は著名な表示、その類似表示を冒用する行為(「混同」を生じさせなくてもこの類型には当てはまってきます)。
③は、国際機関の標章を、その機関と関係があると誤認させるような方法で商業利用すること
なるほど・・ここまで考えてみると、商標権侵害には当たらずとも、不正競争防止法上によって問題となりえる、キャッチフレーズの幅は、とくに②を視野に入れればけっこう広がってきます。ただ、それにしても、現行の法制度の下では「やったぞ、東京」あたりまで捕捉できるのかは、う~ん・・どうでしょう。
ただ、そうはいっても、やはりグレーな領域がかなり広く、どう考えるのかの判断は難しいところだと思います。
■JOCの見解は存在が重い
さて、このように知的財産権に絡む分野は、非常に不明瞭なところが多いのが現実です。
そして、注意してほしいのは、裁判所の規範や判断は「裁判で争われるところまで至った場合に、最終的に損害賠償を認めるか否か、差し止めを認めるか否か」についてのもの、ということ。
裁判にもなっておらず、事前段階で、権利を有する側の当事者の主張が、裁判所の見解や判断とぴたりと当てはまっているとは限りません。自己に都合のよい解釈を示して、より厳格な保護管理態勢をとろうとするのは、むしろ、当たり前の成り行きです。まして、このようにグレーな領域が広い分野ならなおさらでしょう。
実際に、世界的なキャラクターを展開するD社、O社の知的財産権の管理基準は、裁判所の判断よりずっと厳しいものですし、世界の一流ブランドの商標権の管理は、「法律上では、そんなこと何も問題ないはずでしょう・・」という範囲にまで及んでいることがしばしば。某芸能プロダクションの肖像権管理態勢も有名です。
なので、結局のところ、最終的には、喧嘩してでも相手の見解に反する行為を行うのか(喧嘩すればさまざまな不利益を抱え込むリスクも生じます)、あるいは裁判所で最終的な判断を争うリスクまでとってその行為を行うのか、ということになってくるわけです。
もちろん、もし裁判所に行ったときにどういう判断になるのかは、行動原理として重要であり、大きな意味をもつのは確かです。しかし、行動原理の基準を作るのは裁判所だけとは限らないのもまた事実。IOCという影響力の大きい組織の、知的財産権についての見解は、それだけで、裁判時とはまた別の、ひとつの重要な存在意義を持ってしまうのです。
それは、裁判所の規範に照らしてどうかの議論というよりも、IOCがオリンピックの商業的価値についてどう考えているのか、スポンサーの利益と経済波及効果をどうコントロールするのかといった議論のほうに、むしろ親和性がありそうな気がします。
だからそういう意味で、今回のJOCの見解に、私は「なるほど、そういうことなのね」と納得した次第です。しかし、「オリンピック」の意義とIOCのあるべき姿それで本当によいのかについては、確かに疑問の余地も出てくるかもしれません。もしかすると、リスクを取ってでも、裁判所の判断を仰ぐところまで行ってやれ、と考えてしまう危険な人が出ないとは限りませんね。
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